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彼女の福音

拾壱 ― ちっぽけな勇気 ―

 

 杏と岡崎が戻ってきてから、僕達は昼飯をとることにした。

 実を言うと、岡崎と杏がゲーセンにいないと解った時点で、いろいろと大変だった。智代ちゃんが例によって妄想戦隊イマジネーターになってしまったからだ。

 

 

「朋也!朋也!どこにいるんだ!ああ、やはりあのコーディネートが完璧すぎたのか、朋也がカッコよすぎたのか、どうやら悪い虫に取られてしまったようだ……ああっ」

「いや、恐らく杏と一緒にどっかいったんじゃない?」

「な……に?」

「いやほらさ、杏もいないし」

「お……おのれ藤林杏!どこぞの馬の骨を拾うならまだしも、私の愛する朋也を奪い去って愛の逃避行とは、いい度胸だ!かくなるうえは、私が生徒会長だった頃に築いたコネで、この街に住むことができなくしてやろう!」

「でも岡崎が智代ちゃんに内緒で杏と不倫していたってのはないと思うけど」

「……春原、それは本当か?」

「え?いやそう思うけど……?」

「そうか。そうだったのか。はは、馬鹿だな私も。何で今まで気づかなかったんだ……」

「智代ちゃん、やっと岡崎の愛に……」

「不倫は私の方だった、と、そう言いたいんだな?」

「そうそう……って、ええええ?」

「そうか……私の恋は、不倫だったのか……だから杏は今まで結婚していなかったんだな?単なる行き遅れかと思っていたら、実は二人は結婚していたんだな……私はではどうしたらいいのだろうか」

「いや違うってば……元気出そうよ、智代ちゃん」

「……春原」

「え?はい?」

「その手は何だ?なぜ私の肩に触れている?」

「え?いや別に?」

「お前はまさか傷心の私に付け込んであんな事やこんな事をするつもりか?最低だとは思っていたが、ここまでとはな」

「いや違います違いますって」

「私はしかし死んでも岡崎智代、この身は愛する朋也に捧げている。そんな純情な乙女に指をふれた罪、その命で賄え」

「ひ、ひぃいいいいいいいい」

 

 

 とまあ、岡崎と杏がいない間に僕はササッと入院退院をしてきたんだけど、僕がゲーセンに戻ってきた時には智代ちゃんの妄想は臨界点突破まであとコンマ三といったところで、周りには恐らくそんな智代ちゃんにちょっかいを出した者、止めようとした者、ただ単に居場所が悪くて巻き添えを食らった者達の残骸が死屍累々と山を築いていた。そして智代ちゃんの目が僕に向けられる。ああ、杏が暴走する時のは真っ赤なのに対して、智代ちゃんは青く光るんだな、ま、なかなかいい人生だったな、と思った時

「おーい智代」

「!!」

「ごめんな、勝手にどっか行っちゃって」

「妬萌病!」

「いや漢字違うし何そのヤンデレっぽいセレクション」

「間違えた……朋也っ!」

「智代!」

「ウルトラッ」

「ターッチッ」

 いやそこで結婚指輪ガッツンコしても光線技の得意な光の戦士にならないしそもそも戦力なら智代ちゃんだけの方がわざわざ岡崎とフュージョンしなくても高いし。

「って、何よこの屍の山は?」

「ん?あれ、いつの間に……」

「覚えていないんですかっ!」

「私が……やったのか?」

「あんた以外にこんなのできる人いないって!」

「まさかこいつら、俺のいない間に智代に手を出したんじゃ……」

「はっ!だから私は本能的に動いてしまったのか」

「ちくしょおお!こんな可愛い妻を一人にしておくんじゃなかったぜ!てめえら全員地獄に堕ちろ!」

「やめて!不良どものライフポイントはもうとっくにゼロよ!」

 原形をとどめていない物体を岡崎が蹴ろうとするのを杏が止めているというなかなかシュークリームな光景を見ていると、不意に肩を掴まれた。

「シュークリームじゃない。シュールだ」

「と、智代ちゃん……」

「あと、何が起こったかわからんが、まあそういうことにしておこう、な?」

 笑顔がめちゃくちゃ怖かった。

「え、で、でも」


「ひぃいいいいいい!」

 

 

 

 取りあえずその後は何事もなく僕らはぶらぶらと買い物を続け、そして気がつけば夕方になっていた。

「結局ドタバタした休日になったな」

 岡崎が少々疲れた顔で笑った。

「自業自得でしょ?せいぜい明日も疲れの取れない体で頑張りなさいね」

 少々刺のある言い方をする杏。そう言えば岡崎と杏は、どこで何をやっていたんだろうか。結構気になった。

「でもまたみんなでこういう風に過ごしてみたいな」

「そうだな、こんな日も、悪くない」

 何だか勝手にきれいにまとめあげてしまいました岡崎夫妻。そう言われると、本当に帰る時間になった気がする。

「じゃ、俺らはこれで。二人とも、まぁその何だ、がんばれぐぼはっ」

 なぜか急ににやけた岡崎の顔に、「解体新書」が炸裂した。いや、どこから出したかはもう聞かないからさ、どうやってそんな貴重な本手に入れたのか教えて。

「いいのよ、贋作だから」

 そっかー贋作かー贋作じゃーしょーがねーよなー

 ってぇ、尚更気になるんですけど!

「さあ帰るぞ朋也。ほら、しゃきっと立ってくれないと私が困る」

「い、いや今ちょっと頭蓋骨前半が全壊してて無理だから……」

「喋れるから前頭葉は無事だろう。行くぞ」

 引きずられて帰る岡崎と智代ちゃん。

「じゃあ、僕もこれで」

 歩き出そうとすると、急に袖を引かれた。

「……駅まで送ってやるわよ」

「え?」

「だから、駅まで送ってってあげるって」

「いやいいよ別に」

「何、あたしが見送りに行くのそんなに嫌?」

「いやそうじゃなくて、面倒だろ杏にとって……」

「じゃあいいじゃないの。ほら、行くわよ」

 

 

 

 

 

「それじゃ、ここで」

「……うん」

 僕らは駅の外で別れることにした。しかし杏の元気がない。

「……ねぇ、さっきからどうしたのさ。何だか杏らしくないな」

「な、何のことよ」

「何だか落ち込んでるような……さっき岡崎に変なこと言われたわけ?」

「はぁ?何でここで朋也が出てくるわけ?ありえないわよ!」

「はいはい……で、なんて言われたのさ」

「〜〜〜〜〜!」

 杏が顔を真っ赤にした。あ、やばい。

 と思った時には、なぜか平手打ちが僕の顔に炸裂した。

「な!」

「うっさいわね!何でもないわよ!もう行っちゃいなさいよこのドヘタレ!」

「はぁあ?」

「もうあたし帰る!」

 そう言って杏はすたすたと歩いて行ってしまった。

 

 なぜ?ホワイ?ポル・クワ?

 日本語とドイツ語とペルシャ語で言ってみた。確か。

「何なんですかねぇ、あれ」

 頬をさすりながら駅に向かった時

「どぉこ見て歩いてやがんだてめえは!」

「ひぃい!すみません!!って、え?」

 反射的に謝ってしまったが、どうやら怒号は僕に向けてのものじゃないらしい。

「何よ、あんたらこそか弱い女性にぶつかっておいて、それが男子たるものの態度?ちゃんと睾丸ついてんでしょうね?」

 このどぎつい言い草は……

 声のする方に行って、恐る恐る影からのぞいてみると

 

 

 どう見ても藤林杏でした。本当にありがとうございました。

 

 

「何この子?あたし達に喧嘩売ってるつもり?」

「なぁゆうちゃん、やっちまいなよ?」

 相手はいかにも不良して生きていますってな感じの三人組だった。真ん中のゴリラみたいなのがゆうちゃんらしい。で、その左には化粧をしているオカマ、右にはグラサンをかけた坊主頭の男がにやにや笑っていた。

「おいてめぇ、俺が誰だかわかってんのかぁ、おぉ?」

「知らないし知りたくないわよ。ていうかあんたとっとと動物園に帰ったらどうなの?ゴリラが街歩いているなんて危なくてしょうがないわ」

「あぁ?ゴリラだってぇ?ザケテンじゃねえぞこのくそアマぁ!」

 ゆうちゃんが拳を振り上げた途端、顎に死海文書がぶち込まれた。あ、あれも贋作なんだろうか。

「あっ、ゆうちゃん!」

 どうも当たり所が悪くて、泡を吹き始めるゆうちゃん。

「何この子、やっばーん!本振り回すなんて、ひどいわっ!こうなったらあたし、お仕置きしちゃう」

「ああ、ゆうちゃんをぶち倒しておいて、ただで済むと思うなよ、アマッ!」

 二人が杏の前に立ちはだかる。二対一の状況。しかもオカマに対して杏は生理的恐怖を感じているようだった。

 僕はというと、助けに行きたい気もするけど、どうせ杏の方が強いし、行ったってぼこられるだけなんで隠れていた。いや、正確に言うと、岡崎たちのところに助けを求めに行こうかと考えていた。

 そうだよな。智代ちゃんをここに呼べば、もう勝ったも同然だよな。うん、そうすれば大丈夫だ。僕なんかが出たって、どうせ杏にとっても足手まといだしな。

 

 ああそうさ。僕はヘタレさ。

 僕はこんな奴なんだ。でも、これでいいじゃないか。

 僕が飛び出て行ったところで、何にもならないし。それが逃げだとしても、やっぱり事実じゃないか。

 

 

 パンッ

 

 

 乾いた音が聞こえた。杏達の方を見ると、杏が頬を抑えながら倒れていた。その前でオカマが拳を撫でていた。

「どぉこよっそ見してんのかしらね、この子?誰かが助けに来るとでも思ったの?」

「……うっさいわね、来るわよ!」

 

 

 

 今、こいつ何やった?

 拳?

 殴った?女の子を?女の子の顔を?

 

 

「ははは、何バカ言ってんだこいつ?来るわけねえよ。この時間じゃ、誰もここいら通らねえし」

 余所見?誰かが来るのを?

「関係ないわよっ!いい?それこそあたしがピーッて指笛吹いたらやってくる馬鹿がいるんだから」

 そう言いながら杏は服を叩いてみせた。いや、

 

 あれ?あれってもしかして辞書切れ?

 

 ちょっと待て。

 この状況で、来る友人って言ったら、僕しかいないだろ?

 冗談よせよ。何期待してんだよ?僕はほら、ヘタレだぜ?行くわけないだろそんな怖い連中相手に。

 だから待ってろよ。今智代ちゃんと岡崎呼んでくるから。

 

「あーはいはい、じゃあ待ってる間にもう一発!」

 

 パンッ

 

 ガードしきれずに、坊主のフックが杏の頬を掠める。

 女の子に。顔に。僕の親友に。大の男が。

 にやりと坊主が笑った。後ずさりする杏。

 

 

 

 

 ああそうさ。僕はヘタレだ。

 どうしようもないヘタレだよ。

 だってさ、親友の女の子が殴られてる時にさ

 

 

 ヘタレ切って逃げ出すことすらもできないんだもの。

 中途半端な、ちっぽけな勇気振り絞って戦いにいっちまうんだもの。

 

 

 

「杏に手ぇ出してんじゃねぇえええええええええええええ!!!」

 

 気がついた時には、僕のちっぽけな勇気が坊主の顔面に炸裂していた。

 

 

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